【 略 歴 】
- 昭和56年2月13日生まれ(30歳)
- 幼少より母方の久米島で過ごす
- 首里中学校48期卒
- 開邦高校11期卒
- 同志社大学法学部法律学科卒
- 同志社大学大学院法学研究科修了(政治学修士)
- NPO法人沖縄平和協力センター事務局長兼研究員
- 財団法人南西地域産業活性化センター客員研究員などを歴任
- 現在、那覇市議会議員 民主党沖縄県連副幹事長、広報委員長
【趣 味】 サッカー、読書、料理
昭和56年2月13日生まれ。3900グラム。
大きな赤ちゃんで、「アメリカドラマに出てくるおじいちゃんみたいな顔」 というのが母親とその友人の一致した意見。
子供の頃より、母方の実家にあたる、久米島(旧具志川の仲地)や小禄(今の小禄病院向かいあたり)にて過ごす。
首里中学校48期。学年委員長なども経験するが、それよりもとにかくサッカー部としての学生生活。(高校卒業まで首里当蔵町に居住。)
開邦高校理数科11期。生徒会なども経験するが、やはりそれよりもとにかくサッカー部としての学生生活。
同志社大学法学部法律学科に入学で、京都にて初の1人暮らし。ここでも体育会馬術部としての生活に浸るも、どうにか4年で卒業。
卒業論文のテーマは「地位協定の改定」。
同志社大学大学院法学研究科の政治学専攻に進学。2年の間、インターンや大学院の授業に向き合いながら、勉強を進める。修士論文のテーマは「那覇軍港の返還」。
インターンを経て、NPO法人沖縄平和協力センター(OPAC)の事務局長兼研究員として、同時に財団法人南西地域産業活性化センター(NIAC)の客員研究員などを歴任。
平成20年11月の那覇市議会議員補欠選挙にて17230票の、平成21年7月の那覇市議会議員選挙にて3322票のご声援に預かり、現在は那覇市議会議員(2期目)として、また民主党沖縄県連副幹事長、広報委員長として活動中。
那覇市で育ち、親戚や友人たちと暮らしていく中で、素朴ながらも様々な面で那覇市が抱える問題に直面してきました。特に大学や仕事の専門の上で、市外の方々からも多くの問題点を指摘されてきました。
それらが、やはり決意の発端です。
幼少より小禄や久米島で育ち、また首里中から開邦高校と進学し、大学院ではいわゆる「沖縄問題」を学び、卒業後は那覇市にて平和構築や安全保障を扱う沖縄初のNPO法人の事務局長として活動してきた中で一貫してきたことは、よりよい沖縄という目標でした。
育児や介護の問題解決、雇用拡大や労働環境の改善、教育機会の拡大やプロスポーツなど新たな文化への取り組み、歴史の見直しや電車設置の推進など、これらへの一層の取り組みは、政策をもって挑んでいかなければいけないと思います。子どもたちの将来に夢がある、魅力ある那覇市を目指す上で、必須にして喫緊の課題であると感じています。
「もっと経験を積むべき」、「他の手段もある」、様々な助言や指導を頂きました。このように思って頂けること自体が非常に有難いことと理解しながら、日本全体の政治が動く今が機会であり、那覇市の将来のために我侭を通したいと決意いたしました。若輩ゆえに、未熟な点もあると思います。しかし、行動力をもって、先輩方から学びながら、若者からの視点も交えて、那覇市民の生活を第一に取り組んでいきたいと決意しましたことに、ご声援賜れば、叱咤激励賜れば、この上ない幸せです。
乱文にて恐縮ですが、以上のような決意を持ったことが、政治の道へと進むことになったきっかけです。これからも那覇のため、沖縄のため、果ては日本のためと思い活動する所存です。
最後になりますが、何卒よろしくお願いいたします。
